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No.61
2008/11/29 (Sat)

雨でお仕事が中止になったので、なかば観覧を諦めていた西美の美術展にいってきました。





ヴィルヘルム・ハンマースホイ展

会期 2008年9月30日[火]−12月7日[日]
会場 国立西洋美術館
http://www.nmwa.go.jp/jp/



息を止めて静謐さを見守るような、色のない世界。
人の気配のない建築物、人の生活の痕跡のない殺風景な部屋。
人が描かれていても、それは墓石のように見え、生につながらない存在に感じる。


作者自身が、描かれた世界から隔絶されることを望んでいるような世界だった。

その静謐さを幻想的として楽しむか、拒絶ととるかでこの作家への感想は変るように思う。



私自身は、ハンマースホイの妄想ぶりは、イタいヲタクと同様の現実逃避だなーと思って観ていた。
もしくは異様にナイーブな人の観る幻想世界か。
ナイーブというには刺々しい構図でもあるので、ただの引きこもりとは思わないけど(笑)。
あまりいいことではないが、「人のいない部屋」という共通項があったせいで、アンドリュー・ワイエス展と比べながら観てしまったせいで辛口になっているかもしれない。
ハンマースホイを観ている間中、ワイエスの素描がものすごく恋しくなったのだった。


先に感想の結論を述べてしまうと、ハンマースホイの世界は手法として面白いし、幻想的で美しいが、私には興味のない世界観だった。





あ、あれに似てる、フランスの作家ユイスマンスの小説のような、世界とのつながりを断って幻想の世界で生きたいぶりに似た印象がある(なんだその日本語・笑)。

もしくはエヴァンゲリオンでいうところのATフィールド内絵画(笑)。












内容ざくっと。


最初のセクションでは、建築物が延々とかかれている。
しかしその景色には人がいない。
おそらく中に人がいることも考えから排除している。
対象となる建築物はきっちりとデッサンされているが、その輪郭は外へ拡散するようにボカしてあり、霧がかかったような薄明のせいで明確な影のない、無彩色に近い画面がひたすら並んでいた。

最初、廃虚マニアなのかと思ったけれど、廃虚たるゆえんである、滅びの気配がほとんどない。
むしろ、新しいまま幻想の世界に永遠に閉じ込められたようにみえる。
琥珀の中の虫のように、閉じ込められてから時間が経ったことは意識できるが、その中には全く干渉する事ができない生きる気配も死ぬ気配もない世界だった。



次に人物を描いた画が並ぶ。
「人柄がわからない人物の肖像などかけない」といっていたらしい作者だが、その人物画を見ると、作者自身が親しみをもって描いたとは思えないような死人の顔が並んでいた。
単に生気がないというのもあるが、顔の色が緑に塗られていることもその感想に起因する。
西洋で「緑の顔」というのは、不吉な死人の顔色という意味を含んでいるからだ。
あえて緑に塗る意図を想像しようとしたが、考えていたらイラっときたのでやめた(笑)。
そしてあきらかに無機物を描く時より手が入っていない。
生き物はお嫌いなのかも、ハンマースホイさん。



そしてハンマースホイのスタイルともいえる、誰もいない部屋や、背中を向けた人物の居る部屋のセクションへ。
殺風景すぎる部屋だったり、逆に人と家具と壁や扉とが、ここで生活するのは無理だろうというくらい接近し、息苦しい構図でおさまっていたりしていた。
そして中に描かれる人物はこちらを見ない。それどころか後ろを向いている。

この部屋の絵において、セザンヌがやった視点の交差が行われている。
複数の視点(角度)から観たものを、同じ画面に入れてこむ手法だ。
セザンヌほど視点の位置を替えていないので、一見視点が違うことすら気が付かない。
ただ、なにか浮揚感のような幻惑のような、妙な印象があるだけだ。
私も解説を読むまで気が付かなかった。

そういう幻惑感をだす要素は他にもあって、影の向きが一様ではない、あるハズのものがない、同じ部屋を何枚も描くが、そのたび調度品も視点の角度もほんの少し違っている、など。
同じ部屋だが微妙に違って描かれた絵が並んでいるところは、さながら間違い探しのようだ。
あの幻惑感は、そうやって並べてこそ威力を発揮するのかもしれない。


そうした手法自体はとてもおもしろい。
偏執的に描かれているけど、描かれているものの気配が薄いのでうるさくなく、それが美しさにつながっている。





いるがだがしかし。
画家の幻想の箱庭を、これこそが美なのです!と、こちらに顔を向けないで自分に酔ったまま誇示されているようなビミョーな気持になった。せめてこっち見て主張してくれたら興味が持てたのに。
勝手にやっててくれ、と展示の最初の方で思い始めていたので流し見気味でした。
なんでこんな風に描きたいんだろう、というのが気になったので、それを考えながらではあったけど。



そしてハンマースホイのおかげで、ワイエスがどれほど世界を愛情もって見ているかが身に沁みた。
ワイエスの絵は荒涼としているが、荒涼としていることすら愛しているのがわかるもんね。

ハンマースホイは、自分が対象になにを感じているか、その対象がなにを孕んでいるかが問題ではなくて、あくまで作家自身の中の美の妄想リフレインの余韻にひたっているように感じた。

そういえば、昔好きだったクノップフも、今見ると同じような感覚で見てしまう。
それでもクノップフの、妹(を通した自分)大好きなナルシスティックな願望が透けてるので見てておもしろさはあるけど。



それと、ハンマースホイの周辺の画家の絵のコーナーもあった。
ハンマースホイに影響される前と後が展示されていたけど、やっぱり、描くからには対象に某かの情がある方が絵として通常だよなあと思わせる絵だった。
そして部屋の中のこちらを見ない人物を、同じようなスタイル描いても、描く意味が違っているのでここでの絵はよそよそしくはない。
ただし特徴もみいだせない。
ハンマースホイがかなり個性的な絵書きだというのはこのコーナーの存在でよくわかるように、展示が作られている。





以上ハンマースホイ展、全然誉めてませんが(笑)、絵の技術や構成の仕方は非常に上手いし、当時としては意欲的に型をやぶった新しさだし、今見てもその独特な幻惑感は面白い。
時間が止まったような静謐感はちょっとクールだとも思う。
ハンマースホイを単体で企画展をしようという西洋美術館の心意気は買う。




私の感想はかなり偏ってます、あしからず
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