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2017/12/14 (Thu)

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No.12
2008/10/20 (Mon)

尾形光琳生誕350周年記念
期日…2008年10月7日(火)〜11月16日(日)
東京国立博物館
http://www.rinpa2008.jp/




宗達と光悦の同時代人・尾形兄弟・酒井抱一と鈴木其一の師弟、といったくくりでまとめられた展覧会。
今まで見た中で、抱一がこれほどあつまっている展覧会は初めてだった。
抱一を愛している私にはウハウハもの。

そしておおまかに琳派の流れがわかるようにできている展示列。
しかし的を絞りすぎた展示内容のせいか、「『大』琳派」と名付けるのは少し苦しい気がしないでもない。
だが展示内容は悪く無い。
…照明は大問題であったが。
金が金にみえず、ただの黄土色になっていた。
輝きがあってこそ意味のある金箔背景なのに、どの角度で見ても輝きがないのだ。
金箔が輝いた時、その面は広漠とした空間になり、描かれた対象が立体として浮かび上がってこその金箔貼りなのに、それがまったく無視されている。
この照明は最悪といっていい。
昔の東博の蛍光灯照明の再来じゃないか!
最近展示プロデューサーががんばってるから期待してたのに。




気を取り直して。

この展覧会のおおまかな流れを説明するならば、

・宗達、光悦によるシンメトリーではない大胆な空間表現で琳派的なモノが始まる
・尾形光琳により、その空間表現にリズムがあらわれる
・風雅と枯れの表現を抱一がもちこむ
・それらをすべて飲み込んだ其一が、次の時代へつなぐ

そんな構成だった。



日本絵画はもともとシンメトリーを避ける文化であるが、そこに奇を衒うかのような空間の切り取りを持ち込んだのが宗達と光悦。
このふたり(2工房というべきか)は筆致は奔放で、近くで見るとさほど技術がたった作家ではない。
しかし空間を飛ぶような宇宙的ともいえる感覚をとりいれた功績は大きい。
そしてその筆致のフリーダムっぷりが妙な愛嬌を醸し出している。

1室目でおもしろかったのが風神雷神図の比較。
光悦の屏風と、琳派的なものの最後継其一の長い襖絵が角をはさんで並んでいた。
闊達で奔放な光悦のコンパクトな図と、さまざまな技術をのみこんだ其一の見事なたらしこみ技法による空気感のある長い襖絵。
年代の違いによる感性の違いもあるだろうが、時代を経て洗練されていく様がよく見える。




光悦から尾形兄弟への移り変わりをあらわす部屋はとても派手だった(笑)。
光琳おにいちゃんにラブラブ弟の乾山、という点でしか私には興味がないのだが、この展示ではそのラブっぷりがあまりうかがえなかった。
このふたりは切り離して考えちゃつまらないのに(展示はふたりをまとめてはいるけど、ふたりを対応させる展示の仕方の方が面白いと思う)。





さて、私にとってメインの酒井抱一である。
抱一のナニがいいって、精緻な描線、みごとな顔料コントロール、教養を感じさせる風雅な趣き、ヤマッ気の抜けた枯れた印象すらある筆致。
他の琳派諸氏が、生き生きもさもさ茂っているようなヤマッ気溢れる生命力があるとしたら、抱一のそれは風のひと吹きで飛ばされるか否かの狭間にいる枯葉のたおやかな風情だ。
その狭間に美しさを見い出した絵師ではないだろうか。
抱一の画全体の構成を見ると、光琳などの前衛的で大胆な構成ではない。
しかし他にはない、光琳が歌舞伎なら抱一は能楽のような静謐さがある。俳諧的とも言えようか。
ただずまいそれ自体に詩的な印象がある。
光琳の描いた風神雷神図の裏にかかれた「夏秋草図」と「月に秋草図」が私はことの他好きで、その筆致の精密さともの言いたげな蔦の風情に心惹かれる。
ただ残念なのは、この銀箔と金箔貼りの両図は、光を反射させてこそ美しさの真価をみせるのであって、まったく輝かない今回の展示方法では本来の存在感の何分の1もみいだせない。もったいなさすぎる。

他に抱一の下絵巻き物に描かれた草花があるのだが、単純に草花だけではなく、それにまつわる鳥や虫もあたかも草花の生活の一部として描かれて、単純な習作におさまっていないところもいいところ。
葉っぱの裏にちょこんといる蝉の抜け殻とか、薄にまちがってのぼっちゃった一匹の蟻なんかをみつけると抱一の自然への情の持ちように感心する。

そして今回の展示で抱一の人物画を初めて見た。
キリキリとひきしまった遊女や仏を見ると、抱一は神経質な人だったかもしれないなあ、なんて思ったりもする。
ある程度神経質でなければ、あんなにスっきりした美しい線はひけないかもしれない。

そして先に閲覧していたお友達が、新しいから劣化していないと評していたけれど、時代風化のせいだけじゃなくて、顔料のコントロールが卓越しているのではと思う。
乗りにくい金の線を、にじむこともなくかすれることもなく、中はじきすることもなくしっかりと乗せているのは驚異的である。色かぶせるように使っている部分も、まじらないように重ねている(日本画ではあまりしない技法)あたり、計算しつくしているとしか思えない。
あらゆる意味で卓越した絵師だと思う。
ときどきものすごくつまんなく見える絵もあるんだけど。
それはきっとこちらの教養のなさなんだと思われ(笑)。





で、最後に抱一の弟子、其一。
会場の説明にもあったけど、琳派のカテゴリにだけ収めておくのは少し違う気がする。
光悦の大胆な構図に抱一の精緻な技術を飲み込んで、後の時代の若沖あたりにつながっている描画にも見える。 近代の匂いを感じる絵師だ。
其一が先人を模倣、リスペクトしつつ、そこに新しい感覚を取り入れていった様が、この展覧会ではよく見えた。
抱一の卓越した技術と詩情をひきついだ画は見やすく整頓されている。
しかし少しヤマっ気のある雰囲気は光悦に近い。
これだけのものを引き継いで画を描くことができた其一は、絵を描く人間としてとてもうらやましいなと思った。



総括。
抱一・其一を好きな人は、これほど集まることはなかなかないので見ておいた方がいい。
しかし展示替え数度もあるので、目当てのモノがいつ公開されるのかきちんとチェックしてからいくべし。
そして照明はかなりがっかりする。
数年前に近代美術館でやった「琳派展」は照明の具合も非常に良かったのだなあ、と、つい比較してしまう残念さだった。この時の抱一の「月に秋草図」の金に枯葉が浮かび上がる様なんて涙でちゃったもんね(笑)。
金箔ものの真価がみえてこない展示ではあるが、抱一・其一に的をしぼって集めた点はかなりすごい。
尾形兄弟や宗達・光悦に関しては少し喰い足りなかった感じがする。



そして混雑を避けるには、朝イチよりも終り間際の方が人が少ないです(主にお年寄り率が下がる)。
日曜祭日は夜6時まで。金曜は夜8時まで。
これを逆算した時間で行けば、異様な混雑は避けられます。
私は日曜4時半から入って、2室を先に偵察して改めて1室からちゃんと見て時間調整しながらいったのだけど、人垣かき分けることもなくわりに余裕でみられました。
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